今月の一枚(4)


 Diana Ross & The Supremes "Anthology" (Motown)

◇前回の『愛はどこへ行ったの』に続いて今回もシュープリームスで行きます。そんなに書けることがあるかな、という危惧がないではないのですが、やれるだけやってみます。前回取り上げた『愛はどこへ行ったの』は1964年リリースのアルバムでしたが、こちらは2001年にリリースされた2枚組ベスト盤で、その意味では今世紀のアルバムと言うことも出来ます。未発表ヴァージョンなども3曲入っておりますし。もちろんダイアナ・ロス&ザ・シュープリームスという名称のグループが存在したのは1960年代だけなのですから(67年半ばまではシュープリームス)、ここに収録された音楽が60年代音楽以外の何物でもないことは言うまでもありません。

◇このアルバムのDISC-1の1〜5はアルバム『愛はどこへ行ったの』(64)以前の61〜62年作品で、フローレンス・バラードのリード・ボーカルが聴ける2、メアリー・ウィルソンがリード・ボーカルをとっている3など興味をそそられる曲もありますが、ここでは触れません(いずれも60年代初頭風のかなり型にはまったティーン・エイジャー向けポップス。但し、ポップ・チャートのトップ100に入った4と5はロネッツかなにかを思わせるそれなりにチャーミングな曲ではあります)。続くDISC-1の6〜11が前回取り上げたアルバム『愛はどこへ行ったの』収録曲。従いまして今回は、DISC-1の12「ストップ・イン・ザ・ネイム・オブ・ラブ」から始めることにします。

◇しかし60年代を代表する超名曲「ストップ・イン・ザ・ネイム・オブ・ラブ」(65/4)について今更なにか言うことがあるだろうか? ひとつ是非とも言っておかなければならないことは、冒頭のオルガンの急速上昇音形に続く"Stop in the name of love"の部分の「音楽のかたち」でしょう。ここに聴かれる「それまでの音楽にはなかった音程の不安定さと、にも拘らずわれわれの心をひきつけてやまないフレーズ」こそが、この曲を不滅の名曲たらしめたということです。そして「やめて! 愛の名において」という斬新な歌詞。更にはモータウンが誇るミュージシャンたちによる、終始打ち鳴らされるタンバリンをフィーチャーした祝祭的な音響空間。ここにこそ60年代音楽のエッセンスがあり、またここにこそシュープリームスがビートルズと並んで60年代を音楽においてリードしたことの証しがあるということです。

◇続く13がシュープリームス5曲目の全米ナンバー・ワン・ヒットとなった「バック・イン・マイ・アームズ・アゲイン(涙のお願い)」(65/6)。イントロのヴァイブラフォンとタンバリンが泣かせてくれます。そして歌に入る前の「ウー」。"I lost him once through friends advice / But it's not gonna happen twice"の部分の決して忘れることの出来ないメロディー。続く14の「ウィスパー・ユー・ラブ・ミー・ボーイ」は13のB面で、15の「マザー・ディア」はアルバム『More Hits By The Supremes』収録曲。16の「ナッシング・バット・ハーテイクス(悲しみがいっぱい)」(65)はポップ・チャート11位にとどまった曲。この65年頃のチャートの順位というのは実に正直なもので、11位にとどまったという現実がその曲の出来ぐあい(つまり11位までしか上がらなかった曲であるということ)をほぼ正確に語っております。

◇そして17がこれまた超名曲「アイ・ヒアー・ア・シンフォニー(ひとりぼっちのシンフォニー)」(65/11)。この"Loneliness"といった言葉を音楽で表現したらこれしかないというイントロのヴァイブラフォンの淋しそうな響きとメロディー。だいたいこの曲は歌詞から見れば恋の頂点の瞬間を歌った歌で、決してロンリネスとか淋しさを歌っているわけではないはずなのです。しかしながら、ホランド=ドジャー=ホランドとシュープリームスは「恋の最高の瞬間は断じてLonelinessなのだ」と言うのです。こうした逆説的音楽表現によってしか恋の最高の瞬間は表現しようがないのだ、と言うのです。どうです? 恋についてのなんという「偉大な」考え方でしょう。レノン=マッカートニーだってここまで「深い」恋は歌っていなかったのではないかと言いたい。ともあれ「これが究極の恋なのだ」と断言するホランド=ドジャー=ホランドとシュープリームスには脱帽のほかありません。ここに「60年代ポップスの真実」があります。恐るべし。(因みにこの歌の歌詞が指しているシンフォニーとは間違いなくモーツァルトのト短調シンフォニー(K.550)です。終楽章でしょう、多分)

◇18はポップ・チャート5位まで上がった「マイ・ワールド・イズ・エンプティー・ウィズアウト・ユー(二人だけの世界)」(66/2)。当時のフォー・トップス風のキャッチーな曲ですが、やはり5位の曲。それなりの曲だということです。19はポップ・チャート9位まで上がった「ラブ・イズ・ライク・アン・イッチング・イン・マイ・ハート(乱れるハート)」(66/5)。ヴァイブラフォンがやたらとかっこいい曲で、この年に発表されたローリング・ストーンズの最高傑作アルバム『アフターマス』のサウンドを彷彿とさせます(どっちが先なのだろう?)。この曲の曲想もこの時期のフォー・トップスを思わせます。因みに当時フォー・トップスに楽曲を提供しプロデュースを担当していたのは、ほかならぬホランド=ドジャー=ホランドのチームです。

◇そしてお待たせ。シュープリームスと言えばこの曲、20の「ユー・キャント・ハリー・ラブ(恋はあせらず)」(66/9)です。最近もディキシー・チックスやフィル・コリンズがカバーしていましたね。この曲については前回述べたことに付け加えることはほとんどありませんが、それにしても20世紀を代表するこのアレグロ曲はモーツァルトの最高のアレグロに勝るとも劣りません。このプレストがかった「疾走する」アレグロによってしかこの曲の切迫感は表現しようがないというホランド=ドジャー=ホランドとシュープリームスの確信には感動のほかありません。これこそ真の天才のみがなしうるわざと言うしかありません。そして「こういう究極の名曲が生まれてしまったら、そのあと何をするんだろう?」という危惧を抱かざるをないわけですが、確かにこの曲でホランド=ドジャー=ホランドとシュープリームスは頂点を極めたと言うことが出来ます。そして21は「恋はあせらず」のB面「ディス・オールド・ハート・オブ・マイン」です。これもテンポが極上で、当時このシングルが買えなかったことが悔やまれます。

◇そして22がシュープリームス8曲目のナンバー・ワン・ヒットになった「ユー・キープ・ミー・ハンギン・オン(恋はおしまい)」(66/11)です。66年当時この曲を初めて聴いた時、「この曲では終始警報が鳴っているな」と思ったものですが、その時の印象はいまもまったく変わりません。いや実際にそうなのです。ホランド=ドジャー=ホランドとシュープリームスはこの曲で「警報」とともに「警告」を発しているのです。どういう警告かというと、"Set me free, why don't cha babe / Get out my life, why don't cha babe / 'Cause you don't really love me / You just keep me hangin' on"という警告で、要するに「管理人のつぶやき(03/02/06)」で述べたように、「何であれ持続に加担してはならない」(モーリス・ブランショ)という警告なのです。この曲がリリースされたのは66年10月ですが、ここでホランド=ドジャー=ホランドとシュープリームスは自らの60年代音楽に終焉を宣言していると見ることが出来ます。もちろんそれが心ならずもの宣言であったろうことは言うまでもないように思います(しかし自分たちが既に頂点を極めていたことの自覚を持っていたことは間違いありません。そして頂点を極めた以上、あとはもう終焉に向かうしかないだろうという自覚もです)。

◇23はシュープリームス9曲目のナンバー・ワン・ヒットとなった「ラブ・イズ・ヒア・アンド・ナウ・ユーア・ゴーン(恋ははかなく)」(67/3)で、24がシュープリームス10曲目のナンバー・ワン・ヒットの「ザ・ハプニング(恋にご用心)」(67/5)です。しかしよくもまあこういう適切な邦題を付けたもんだよな、と感心するほかありません。これらの曲が「ユー・キープ・ミー・ハンギン・オン(恋はおしまい)」(66)に続く「警告ソング」であることを、こうした邦題を付けた人は「理解」していたと考えるしかないからです。60年代という時代がそういう「理解」をなしうる時代だったと考えるしかないからです。つまりこれは「管理人のつぶやき(03/02/06)」でも述べたように、「60年代音楽」が成立していた時代に「われわれはひとつの空間の中にともにいた」ということです。ハイデガー風に言うと「共存在」というやつですね。しかも「理解」をともなった「共存在」ということで、「本来的な共存在」と言うことさえ出来そうです。こうした60年代的な「実存」のあり方が、「恋はおしまい」、「恋ははかなく」、「恋にご用心」という邦題を可能にした、ということです。

◇いずれにせよ23、24ともにナンバー・ワン・ヒットにふさわしい名曲で、とりわけ「恋にご用心」の不安をかきたてるイントロと、楽しさあふれるボーカル・パートの落差から生まれる効果は絶大です。しかし本当の「終焉の時」が間近に迫っていることは関係者一同皆熟知しておりまして、次にポップ・チャートの2位まで上がったDISC-2の1の「リフレクションズ」(67/9)が来ます(この曲以降、それまでのシュープリームスというグループ名がダイアナ・ロス&ザ・シュープリームスに変わります)。「警報」のリフレクションのイントロが印象的な曲ですが、しかし曲・歌詞ともに「恋にご用心」に見られるはかない喜びさえ見られません。"Oh, I'm all alone now / No love to shield me"という歌詞がすべてを語っております。「いまここにあるのは60年代の残響だけ」である、と。DISC-2の2はポップ・チャート9位まで上がった「イン・アンド・アウト・オブ・ラブ」(67/12)で、ここに聴かれるものは「諦念」といったものです。DISC-2の3はポップ・チャート28位にとどまった「フォーエバー・ケイム・トゥデイ」(68)で、「かつてあなたはそこに立っていた」という歌い出しがすべてを語っています。

◇DISC-2の4以下はホランド=ドジャー=ホランドがモータウンを去ったあとの曲で、これ以降は「その後のシュープリームス(あるいはシュープリームスその後)」と言うべきです。従ってそれらの曲はここで取り上げる対象とはなりません。それにしても、「恋はあせらず」(66/9)という頂点に向かってのぼりつめて行く「シュープリームスが放つ輝きの目も眩むまぶしさ」といったら、これはもうビートルズをさえしのぐものがあります。こういうものを見て(聴いて)しまったあとのわれわれの虚脱感ですらこれだけ強烈なわけだから(しかも40年近く経った後の純音楽的追体験においてさえそうなのだから)、その中心にいたホランド=ドジャー=ホランドとシュープリームスが経験したものがどういうものであったのか、ちょっと想像がつきません。しかしまさにこれこそが「60年代音楽空間」という出来事であったわけです。そもそも一般的に言ってこれはどういう出来事であり経験であったのか、ということについてはまた機会を改めて考えてみることしましょう。

【2003/02/15 KI生】
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