今月の一枚(5)


 Peter, Paul and Mary
 "SEE WHAT TOMORROW BRINGS"  (Warner Bros.)

◇このアルバム・ジャケットを見ると、いまもある種の感慨があります。このアルバムがアメリカでリリースされたのは1965年のことですが、小生がこのジャケットを初めて目にしたのは当時通っていた学校があった大船のオデオン堂というレコード店で、1966年の初め頃だったと思います。当時でもLPレコードは2000円はしておりまして、中3の小生には手の届かない高額品でした。しかしこのジャケットからはまぎれもないPPMのあの洗練された音楽が聴こえて来たものです。「朝の雨」等のあのかぎりなく美しい音楽がです。しかし小生はいつPPMを知ったんだろう? ブラザース・フォーやキングストン・トリオは友達のところでよく聴いていたものですが、その友達は当時PPMは持っていなかったと思う。

◇どうもPPM(ピーター、ポール&マリー)との出会いの記憶が定かでないのですが、多分それは彼らの音楽に一発で魅了されたということがなかったせいだろうと思います。多分小生がPPMを知ったのはバーズの「ミスター・タンブリン・マン」(65)やボブ・ディランの「ライク・ア・ローリング・ストーン」(65)を初めて聴いたのと同時期で、であるとすればPPMの音楽が美しくはあってもインパクトの弱い音楽に聴こえたとしてもやむをえないことだったろうと思います。小生は高2の時(1967)学園祭で「現代のフォーク展」というのをやりましたが、ほとんどそれはボブ・ディラン一色の出し物で、ディラン以外ではバーズ、バリー・マクガイア、ラビン・スプーンフル、ママス&パパス、サイモンとガーファンクルといったフォーク・ロック勢にしか触れないというかなり偏ったフォーク展でした。

◇そういうわけで、当時PPMの音楽(とは言っても上に挙げた「朝の雨」のほか、「悲惨な戦争」、「井戸端の女」、「くよくよするなよ」といった楽曲単位での話ですが)に無意識においては魅了されながらも、意識の表面では「軟弱フォーク」といった偏見さえ持っていたのかもしれません。だから彼らの音楽に本当に感心したのは、69年12月に全米ナンバー・ワン・ヒットになった「悲しみのジェット・プレーン」をラジオで聴いた時だったような気がします。しかしその頃にはほかのことに忙しくて音楽を聴く時間などないような状態でしたから(もう興味もなかった)、意識の表層ではそれもすぐに忘れてしまって、いまから3年ほど前に彼らのベスト盤を買ったのがPPMとの約30年振りの再会ということになります。「管理人のつぶやき」(02/12/22)で触れたキンクスの場合と同じパターンです。

◇従って、少し「昔話」を書きはしましたが、これから述べて行くPPMの音楽には懐古的な関心はあまりありません。それどころかこのアルバム"See What Tomorrow Brings"(『明日を見つめて』)ほかの彼らのアルバムを初めて聴いたのがここ2〜3年のことで、基本的には21世紀のいま現在の関心から触れて行くことになります。さて、PPMは60年代を通じて10枚のアルバムをリリースしておりますが(日本の場合は「ライヴ・イン・ジャパン」が出たため1枚多い)、65年に発表されたこのアルバムは彼らの6枚目のアルバムになります。これが彼らの最高傑作と言えるかどうかは分かりませんが、少なくとも小生の大好きなアルバムではあります。理由は、それ以前のいかにも「アメリカのリベラル系の草の根民主主義」を思わせる音楽が詰まったアルバム(PPMにかぎってはそれはそれで大好きなのですが)とは少し違うニュアンスが感じられるからです。とりあえずそれを「ポップ」と言っておいてもいいかもしれません。

◇アルバムの内容に入ります。まず@は"If I Were Free"。前言と少し矛盾することになりますが、タイトル通りこれはかなりメッセージ性の強い曲。具体的なメッセージという意味ではなく、ピューリタン的で内省的な姿勢がいかにもアメリカン・デモクラシーというものを感じさせます。曲も歌詞に相応しく「微妙にメジャー系」で美しい。ここでお断りしておきますと、小生が持っているこのアルバムは輸入盤のため歌詞カードが付いておりません。そのため言葉の理解はかなり怪しいものです。その点はご了承下さい。次のAは"Betty & Dupree"。これもPPMおなじみの活発に弾むタイプの曲で、アルバムのタイトルはこの曲の歌詞から採られています。Bは"The Rising Of The Moon"。これもどうやらFreedomについて歌われている曲のようで、通常の意味での「ポップ」なフォーク・ソングとは言えません。AとBはいずれもトラディショナル・フォークを彼らがアレンジしたものです。

◇そしてCがこのアルバムの目玉であるだけでなく、PPMにとっても畢生の名曲・名唱のひとつと言うべき"Early Mornin' Rain"(「朝(あした)の雨」)。ギターの演奏法のことは知りませんが、ピアノ(弱音)で始まるスリー・フィンガー奏法(?)の夢見るようなイントロの美しさは「くよくよするなよ」をさえ凌ぎそうです。そしてBIG 707で去って行く恋人を、朝の雨の中に立ち尽くしてただ見ているしかない男を歌うメロディーのあまりの美しさ。リード・ボーカルのポール・ストゥーキーにとっても最高の名唱のひとつでしょう。そして失意の男に降る冷たい雨のようでもあり、またひからびてしまった男の心を優しく包む慈雨のようでもあるピーター・ヤーローとマリー・トラヴァースのハーモニーも極上品。歌の締めくくりの言葉が"So I'd best be on my way"。女には去られたが「俺は男だ、俺のやり方で生きて行くしかねえ」というわけです。カナダのシンガー・ソング・ライター、ゴードン・ライトフットの作品。イアンとシルヴィアも歌っておりましたが、この曲はPPMに尽きます。

◇Dは"Jane Jane"。トラディショナル・フォークで3人が交互にリード・ボーカルを歌うというスタイル。Eの"Because All Men Are Brother"(「すべてが兄弟」)の原曲はJ.S.バッハだそうですが、エリザベスT世時代のイギリスのマドリガルのように聴こえます。PPMのハーモニーも見事と言うしかありません。Fはまた伝承のフォーク・ソングで"Hangman"。「つるし役人」(絞首刑執行人)のことでしょう。アメリカン・フォークにはこの種のテーマが実に多い。そしてこの種のテーマの歌は概してメロディーが美しいものですが、これも例外ではありません。ピーター・ヤーローの優しくてノーブルなテナーで歌われると、この残酷な主題が悲しくも美しいひとつの情景として浮かび上がって来ます。アルペッジョによるギターがまたとびきり美しい。Gは"Brother, (Buddy) Can You Spare A Dime?"(「せめて10セント」)。何かの挿入曲のようです。ハーモニー・コーラスは無しで、ピーター・ヤーローがひとりで歌っております。

◇Hは"The First Time Ever I Saw Your Face"(「愛は面影の中に」)。Ewan McCollという人の作品ですが、これは「朝の雨」と並ぶこのアルバムの目玉でもあります。リード・ボーカルを歌っているのは、60年代を代表する女性シンガーでもあるPPMの紅一点マリー・トラヴァース。PPMファンの中には彼女の歌を聴いてさえいれば幸せという人が少なからずいると想像しておりますが、この曲の歌も大変素晴らしい。マリーさんの声域は低い方のメゾ・ソプラノと言えますが、男にとっては女性はこの声域が理想なんじゃないかって気がします。まず心が落ち着きます。そして知性満載なのにそれがストレートな形では表現されない。「この上なく落ち着いた優しい存在としての知性」とでも言いましょうか。尚、彼女の最高の名唱を聴きたいという方には、PPMのセカンド"Moving"(63)に収録されている"Tiny Sparrow"(「ちっちゃな雀」)をおすすめします。これはシュープリームスの「恋はあせらず」と並ぶ60年代音楽究極の神髄と言えます(とは言え、若い女性の心を歌うPPMとシュープリームスのスタンスの違いは注目に値します)。

◇Iはギターのイントロからしてホーボー・ソング(さすらいの歌)という雰囲気いっぱいの"Tryin' To Win"。McGee/Terryの作とクレジットされております。このタイプの曲の場合はいつもそうですが、リード・ボーカルはピーター・ヤーロー。続くJの"On A Desert Island (With You In My Dreams)"はPPMが初めてドラムスを取り入れた曲(因みに66年の7作目のアルバム"Peter, Paul & Mary Album"以降の3作はPPMの「フォーク・ロック時代」と言えます)。これはポール・ストゥーキーの作でボーカルもストゥーキー自身。一種のコミック・ソングでストゥーキーの独壇場です。そして最後のKは"The Last Thing On My Mind"で、これはトム・パクストンの代表的名曲。ボーカルはマリー・トラヴァース。ギターのアンサンブルともども忘れがたい印象を残します。ただマリーさんのようなとびきりの声の質を持ったシンガーの場合は全盛期がとても短かいようで、このあたりから下降線に入りつつあるかなという感じもないではありません。本当に花の命は短かい。

◇さて、ここまで述べて来て分かったことは、これまた前言との整合性を無視することになりますが(ここからが「本論」になるのでご容赦を)、「フォーク・ロック時代」以前のPPMのこの6枚目までのアルバムは、"In Concert"(65)も含めてほとんど甲乙をつけ難いということです。たしかに3作目の"In The Wind"(63)で初めてボブ・ディランの曲(「風に吹かれて」)を歌って、「現実」へのコミットメントを深めて行くことで、前述の「ポップ」性を次第に前面に押し出して来てはおります。従って1〜2作と3〜6作とは微妙に色合いが違います。ここに言うPPMにおける「ポップ」性とは、当時のアメリカン・ポップスのテイストをその音楽に持ち込むというようなことではありません。そうではなく、現実へのコミットメントを強めることの現われとしての「ポップ」性ということです。60年代音楽に固有の「ポップ」であることの意味は、このこと以外ではありません。ここにまったく新しい「ポップ」の概念が生み出されているわけです。多分この意味での60年代音楽の最大の貢献者はボブ・ディランではなくほかならぬPPMであったろうと思います。

◇言ってる意味、お分かりいただけますでしょうか? もう少し言いますと、60年代音楽がまさに60年代音楽になったのは、先に述べた「アメリカの草の根民主主義」的な志向を、その中心に据えたことによっております。言いかえれば「ポップ」でデモクラティック(自由かつ創造的)な姿勢といったものをポピュラー・ミュージックのど真ん中に持ち込んだということです。この「ポップ」で自由で創造的な姿勢の「実体」が「アメリカ的なグラスルーツのデモクラシー」というものであったわけです。64年初頭にビートルズの音楽がアメリカに登場した瞬間に60年代音楽のメインストリームそのものになったのは、彼らの音楽が、生み出されつつあったまったく新しい「ポップ」の概念をより強力かつ濃厚に持っていたからです。ビートルズ初期の大ヒット曲「抱きしめたい」(64)や「シー・ラブズ・ユー」(64)は、よりストレートで強力な「連帯」(ソリダリテ)の表明と呼びかけ以外のなにものでもありませんでしたから。彼らは直接的には「愛(欲望?)」と「友情」を歌っていたわけですが、アメリカの聴き手は瞬時にそのメッセージの「本質」を理解しました。でなければビートルズの曲が全米トップ100の1位から5位までを独占するというような事態(64/4/4)が起きようはずはありません。

◇ビートルズこそ60年代音楽の「本質」をまたたく間に世界大に拡大した張本人ですが、その60年代的音楽空間をアメリカにおいてひと足早く創り出していたのが、62年春にデビューしたPPMでした。もちろんビートルズのようなストレートでかなり「粗野」でもあるような表現によってではなく、よりピューリタン的で内省的で、しかしかなりシリアスな「連帯」(ソリダリテ)への呼びかけを、「アメリカン・デモクラシー」の原点でもあるようなトラディショナルなフォーク・ソングやピート・シーガーの創作フォーク(「花はどこへ行った」、「天使のハンマー」)や自作曲(「悲惨な戦争」、「ちっちゃな雀」)で推し進めていたということです。これは新しい文化を創り出すことであると同時に、新しい政治的行為の「空間」を創り出すことでもありました。ひょっとすると60年代音楽空間とは、「アメリカ革命」のリアルな記憶が呼び覚まされた史上初めての出来事であったのかもしれません。そう言えば「アメリカ革命」について書かれたハンナ・アーレントの『革命について(On Revolution)』がアメリカで出版されたのは、ほぼ同時期の1963年のことでした(この本はこれから読むつもりです)。つまり、いまから振り返ってみれば、ビートルズ登場のお膳立ては62〜63年にかけてPPMを中心にしてほとんど出来上がっていた、と言うことが出来そうです。

◇かなり急ぎ足で「本論」を書き飛ばして来ましたので、言いまわしがまったく練れていない感じが強く残ります(言いまわしどころか、思考の方もですが)。しかし、これも60年代音楽への「序論」のひとつでしかありませんので、ご容赦いただければと思います。いずれもっと整理された仕方で提示して行きたいと思っておりますが、ひとつ付け加えておきますと、60年代音楽を語る場合に「ロック」という言葉を使うのは不適切であろうと思います。それどころか、それは「反動的」な語法でさえあるように思えます。というのも、「ロック」という言葉(「ロックンロール」も同様なのですが)には、一方的な思い入れや不明瞭な意味がつめ込まれ過ぎているように思えてならないからです。それらは多分「善意」からのものであろうとは思いますが、その意図とはうらはらにそういった語法と思考は、なんだか「地獄」へと通じているような感なきにしもあらずです。しかしそれらについても詳細はまた改めてとすることに致します。

【2003/03/02 KI生】

◇追記1:上の後の方の記述についての若干の補足を「管理人のつぶやき」(2003/03/03)にアップしました。併せてチェックしていただければ幸いです(2003/03/03)。

◇追記2:上の文章において、PPMにおける「ポップ」の意味が記述の展開によって「二転三転」しております。ではどれがPPMにおける「ポップ」の本当の意味なのかと言うと、最後の方で「自由で創造的な姿勢」ということとほとんど同等の意味で言っている「ポップ」というのがそれです。しかし、それをそこで「デモクラシー」の言い換えのような意味で言っているのは正しくないと思います。「自由で創造的な姿勢」と言うと、もうそれは「デモクラシー」を超える「革命」への志向であるはずだからです。このことについては、追ってハンナ・アーレントの『革命について』について述べる際に触れることにしたいと思います(2003/03/05)。

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